2019年11月25日

マフィア博物館

Las Vegas, Nevada in USA, Nov/18(Mon)
Run: 0Km, Cumulative: 45,939Km
Las Vegas Hostel (USD: 17.29)

ラスベガスの周りは砂漠地帯。こんな所になんでこんな巨大な町ができたか、気になっていたので調べてみた。

ネバダ砂漠の中で、この付近は窪んだ地形となっており、オアシスとなっていた。1840年代、ゴールドラッシュが起こると、カリフォルニアに向かう砂漠の中継地点としてこのラスベガスが栄えていく。1929年大恐慌が起り、主な産業がないネバダ州は、税収確保のため1931年に賭博を合法化する。

第二次世界大戦後、カジノが収益を上げることが判ると、マフィア(犯罪組織)が続々とホテルを建設するようになった。

1960年代後半頃から当局の取締りが厳しくなるにつれ、マフィアは次々とホテルの経営権を手放すようになり、不動産会社や大富豪がこれらのホテルやカジノの経営権を引き継いだ。そして、1980年代の末頃から巨大テーマホテルブームが起こり、現在に至っている。

それでマフィア関係が展示されているダウンタウンの、MOB(マフィア・ギャング)博物館を訪れる。

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マフィアはイタリアが発祥地だが、1900年初期、イタリア難民がアメリカに200万人以上渡った。その中にはマフィアも含まれていた。

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マフィアは主要都市に分布する。中でも有名なボス、アル・カポネはシカゴに拠点を置いた。(中央真中の列)

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マフィアは勢力拡大を繰り返し、アル・カポネが指揮したと言われる1929年2月14日の「セント・バレンタインデーの虐殺」は有名。ここでは警察に扮したアル・カポネの構成員か敵対するマフィア7名(一般市民も含む)を壁に並ばせて射殺して、全米中で話題になった。

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その時の壁が復元されていた。壁には血なまぐさい銃痕跡が多数残されている。しかし、この虐殺では一人も逮捕されなかった。

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「殺人株式会社」と言われるプロの殺し屋集団。1930年代には全米で1000人以上がいて、数百名のマフィアやギャングを殺害している。暗殺はビジネスに限定され、足が付かないようにしていた。

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主なマフィアやギャングの暗殺現場

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当局の取り締まりも次第に厳しくなっていく。これは電気椅子。

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ラスベガス、カジノホテルの様子

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この他にも取り締まる側や裁判風景等も展示されている。マフィア・ギャングの地下組織と警察や司法の対決は永遠に続いていくのだろう。怖いマフィアの一部を垣間見た。

現在の巨大なカジノホテルがあるストリップ通り近辺は、大勢の人で賑わっていて非常に華やかなだ。しかし、私が泊まっているダウンタウン近辺は、以前栄えたであろうモーテルは今、廃墟になっているのも多い。

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又、広場や路上、コンビニの近くでも浮浪者やホームレスがいて金をせびる者もいるし、ゴミが散乱している。

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アメリカの大都会は非常に華やかな反面、社会から見捨てられたような人たちが多数いることも現実だ。

posted by mino at 01:00| Comment(0) | 北米>USA アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする