2015年02月27日

南米旅を振り返って(後編)

港町、プエルトモンはパタゴニア地方の玄関口にあたる。

街中

上り坂で自転車を押している最中に野犬に追われる。追い払ってもしつこく迫ってきて怖かった。

野犬

チロエ島へ入り、アップダウンが続く。

アップダウン

ケジョンからフェリーに乗り、プエルト・シスネスへ

乗り込み

パタゴニアの美しい景色が楽しめる憧れのアウストラル街道(Carretera Austral)に入る。

Austral

晴れていても突然雨が降ってくるのでレインウエアは放せなかった。フランス人ご夫妻のジアン(左端)、アグネス(左から2人目)と一緒の宿になり、その後、行動を一緒にする。

夕食

途中から未舗装路になる。パタゴニアのスケールの大きさに圧倒される。

砂利道

ヘンラル・カレーラ湖のカテドラル・デ・マルモル(Cathedral de Marmol)
岩が浸食され空洞になっていて小さなボートが入っていく。様々な模様がある奇岩。

奇岩

湖面に反射する鮮やかなライムグリーンに水面下の苔の色だろうか?

水の色

アウストラル街道を走破しオイギンス村へ。観光船でオイギンス氷河を楽しむ。湖面は強い風が吹いていて時々水しぶきが飛んでくる。

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アルゼンチンへの越境は獣道を通る。荷物は馬で運んでもらった。

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尖がった岩山、フィッツロイ(標高 3375m)

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フラミンゴの群れ

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星空

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パイネ国立公園にて

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南部パタゴニアでは町の間隔は長くなり野宿を繰り返す。

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強風にも苦しめられる。風で曲がってしまった木。

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南米の旅に憧れ、最南端のウシュアイアまで行ってみたいと思っていたが、厳しい自然の中に身を置くと、やっぱり無理かなーと何度か挫けそうになった。

パナマ運河が開通するまで栄えた、マゼラン海峡の港町プンタ・アレナスへ。

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マゼラン海峡を渡ってフエゴ島に入る。

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遥か彼方と思っていたウシュアイアの街が見えてきた。

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2月6日、ようやくゴールすることができた。"Fin del mundo"(世界の終わり)の看板の前で。

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- 南米旅行期間:2014年9月28日 − 2015年2月16日
- 計:142日、 4か月半
- 訪問国:4ヶ国、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチン
- 走行距離: 5,799Km

南米-ルート_日本語1

- 2013年退職後からの全走行距離:29,448Km
- 訪問国計:37ヶ国


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2015年02月26日

南米旅を振り返って(前編)

2014年10月2日、ペルーリマの日本人宿、江田インをスタート。

スタート

砂漠地帯に入りナスカに近づくと真夏の暑さになる。

砂漠の道を

上空から見るナスカの地上絵、宇宙人

宇宙人

ナスカからバスに乗り、標高のあるクスコへ一気に上った為、高山病になってしまった。

工事中で立ち往生

初めて経験する高山病。頭は痛いし、胸が締め付けられるような感じが続いてすっきりしない。

インカ帝国の首都クスコ(標高 3400m)にて

カテドラル

リャマとご婦人

リャマとご婦人

マチュピチュ観光の明け方、下痢と嘔吐になる。スケジュールを変更できなかったので、無理してバスに乗って、マチュピチュの一部だけ見る。歩いていてもしんどかったので、写真を数枚撮って直ぐ下山。

マチュピチュ

可愛い 3輪タクシー

Sicuaniの街

その後も 3千数百メートルの高地を走る。標高 4335mの Raya峠にて

Raya峠


胃腸に負担があったためかティティカカ湖畔のプーノでは激しい下痢になり 4日間動けなかった。温かいスープがいいと思って飲んでいたが治らず。結局、リンゴやバナナ、パン少々だけにしたらようやく回復。

ティティカカ湖とプーノの街

プーノとティティカカ湖

日本食が恋しくなり、バスでボリビアの首都ラパスへ向かう。ラパスはすり鉢状になっていて、世界最高所の首都(標高 3650m)として知られている。

ラパスの街

ボリビアは貧しい国。小さな町の宿は一泊250円の安さだった。窓のない狭い部屋で、布団は臭いがこびり付いていてシュラフをベッドの上に引いて寝る。ドアには鍵がなく棒が置いてありこれで止める。

つっかえ棒

標高があり息苦しいので何度も休憩を取る。

バテバテ

念願のウユニ塩湖に入ると真っ白な世界になる。そこを私一人だけが走っている。

走行中

その中ほどに位置するインカワシ島の傍でたった一人のキャンプ。

夕方

アルゼンチンに入ると標高が低くなり真夏の暑さが続いた。

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アルゼンチンのメンドーサからチリ国境へ向かって、再び高度を上げていく。

南米最高峰アコンカグア(標高 6960m)が見えた。

アコンカグアにて

チリ入国

トンネル付近

太平洋沿いのリゾート地、ビーニャ・デル・マルへ

海

チリのテムコから自転車旅を再開。

富士山によく似たオソルノ火山(標高 2652m)

オソルノ火山

パタゴニアの玄関口、プエルトモンへ向かう。

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2015年02月25日

日本に戻りました

Buenos Aires → Home in Japan, Feb/16(Mon)

ウシュアイアからブエノスアイレスまではアルゼンチン航空、その後トルコ航空に乗り換えブラジルのサンパウロへ。

ブラジルは今カーニバルが行われている。機内に残ったまま離陸を待つ。

深夜の時間だが楽しみの食事はしっかり頂く。柔らかいチキン、マッシュポテト、ブロッコリー、それに赤ワイン。

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サンパウロから大西洋を渡ってアフリカ大陸のサハラ砂漠上空を斜めに進んでいく。

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トルコのイスタンブールまで 12時間、着陸すると拍手が起こる。

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イスタンブールで乗り継ぎ時間が 3時間以上もあるので、店に入って EFESビールをオーダー。

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このビールを見ると 1年半前トルコを旅した時のことを思い出す。

真夏の中を走りきり、ホテルに着いて「さあビールだ」と売っている店を探し回るが中々見つからない。イスラム教徒が多いトルコではビールを売っている店が少ない。ようやく遠くに “EFES” の看板を目にした時、あったー!と一目散に駆け込んだものだ。そういう意味でこの EFESは格別なビールだった。

イスタンブールからの便は殆ど日本人になった。機内では話し声は聞こえず静まり返っている。立ち話する人や歩きまわる人もいない。座席におとなしくじーっと座っている、やっぱりこれが日本人かー。静か過ぎて返って窮屈な感じがする。

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11 時間後の午後 7時半、成田に到着。ウシュアイアからは 37時間15分、一日半もかかる長旅だった。行きがメキシコシティー経由だったので、結局、東周りに世界一周の旅になった。

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ルート号とバックを問題なく受け取る。

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それを宅配便に預け、夜11時ようやく自宅へ着いた。
posted by mino at 00:00| Comment(8) | TrackBack(0) | 南米>Japan 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする